断酒日記を始めました

はてなにログインしなくなって長いこと経ちましたが、最近、断酒日記を始めたのでここに書いておきます。

断酒日記 〜あした飲み会だけどね〜 http://blog.livedoor.jp/ka_tarinax/

はてな記法とか忘れちゃったのと、最近めったにパソコンの起動しないのでライブドアに断酒日記だけのアカウントを作って、スマホから思いついたことを書いています。

いま、断酒開始から2週間。

これから先何があっても人生そのものが喜劇。面白い事がいっぱいでなんだかんだで幸せです。

○○さえなければ

katarina_rinax2013-11-12


「お酒さえ飲まなければいい夫なんです」
「暴力さえふるわなければいい夫なんです」

これ、

「宗教の問題さえなければ仲良し家族なんです」

って言い張ってきた自分と同じだ。と思いました。

そこをほじくりかえさないで目の前の仕事に集中、と決めたのですが無意識に考えてしまいますね。

ともかく、自分を守るためにできることをしていきます。話したり書いたりしたほうが楽ならそうするし、他のことに熱中していたほうが楽ならそうします。

今年の正月は、なんの罪悪感もなく、穏やかに過ごせますように。

コーチング中断のこと

katarina_rinax2013-11-10


昨日、Twitterに自分の抱えている問題について書いて、消して、その後寝る前に「ほんとうにこの対応でいいのか?」と思ったりしました。

この対応というのは「いまのわたしは自分を安定させておくだけでギリギリなのだから、不用意に過去のことや家族の問題に目を向けないことが最良だ」という結論から、できるだけ自分の生活と仕事のこと、そして育てている植物のこと、夫の趣味の話を聴くことなどに集中するぞと決めたということです。

今日一日考えて、結果、自分の今の過ごし方でよし!ということになりました。


ここ数年の自分は一昨年ぐらいから自己啓発で有名な7つの習慣だとか、コーチングで有名な方の提供する音声プログラムなどに取り組んで、随分と安定したなぁなどと思っていたのでした。そして、今年になって実際にコーチングを受けてみよう!ということで、Aさん、というコーチにスカイプでのコーチングを申し込んで楽しく取り組んでいたのです。

しかし、残念ながら途中でまずいところに触っちゃったらしくて、コーチング自体を中断するということになってしまいました。

なぜ、中断したか。

たしか、「夫との関係を良くしたい」という何気ないゴールを設定したときでした。ではどうしたら改善できるか、具体的にはどんな行動を起こせるか、みたいなところまで考えて、「では、次回のセッションまでに○○をやってきまーす!おやすみなさい〜!」みたいなノリでスカイプを切ったような気がします。だけど、そのあとがまずかった。

夫婦に限らず、人間関係でなにか問題を感じたときは、自分の親との関係について思い返してみる云々〜というところで地雷踏んでしまったんですね、たぶん。

ある日、この事柄について自分なりにノートに書き出しなどしているうちにある日ものすごく精神状態が悪くなり、ハッと気づいたら太ももあたりをカミソリでざっくりやってしまっていて、あっちこっち血が飛び散ってて参りました。

このとき、わたしは内心「なにやってんだよーーー自分!!トホホホホホ……」という、あまり深刻でもない気持ち。(カーテン洗濯しなくちゃじゃーん、もう〜!!と、自分がやったことに対して馬鹿だねーとがっかり感はありますが、まあしょうがないか、という感じ)

なぜならこういうのは20代から断続的に繰り返してきてわたしも夫も慣れているので今更大騒ぎしないからです。むしろ、誰かに大袈裟に心配されたりするとわたしの中の「わたし、可哀想でしょ!こんなに苦しんでるの!わたしの心の中を理解して!」みたいなかまってちゃんの虫に餌を与えてしまうのでなるべく淡々と着替え洗濯などをして、次回の通院で先生に報告。つまり、ああ、また今月も例のアレかーみたいな恒例行事っぽい感覚で過ごしていました。

その次のスカイプセッションのとき、Aコーチに上記のようなことを話しましたが、よく考えてみたらこれは異常事態なのですよね。

コーチングは、お薬や通院が必要ない状態になるまで中止、そして、医師にも報告すること。

そんな感じで、わたしのコーチング体験は終わりました。

Aコーチも、お試しセッションのときに通院とお薬のことを確認するべきでした。と、謝るような調子でおっしゃっていました。が、わたしのほうもちゃんと詳しく話さなくてはならなかったのに言うのを忘れてしまって、このときはじめて、ああーー言うの忘れてたっす!申し訳ない!!みたいな感じ。

なぜ忘れたかというとやはり自分の中で自傷行為が月1ぐらいのサイクルで周ってくる厄介な出来事、ぐらいに軽く思っていたからでしょうね。

わたしが境界型人格障害と診断されたのは平成13年で、その後診断は統合失調症に変わった時期もありますが、どう考えても統失ではないね、というのが現在の主治医の見解で、わたしもそう思います。

大昔の診断だしーもう中年だしー落ち着いたしー、なんて思っていましけど、やっぱり掘ってはいけない場所ってあるんですよきっと。

これは人格障害のひとだけでなく、どんなひとも同じかなと思います。何から何まで明らかにして、表層意識の舞台に登らせて、それについてじっくり考えるなんて、かなりの精神力を要求されるし、別にそこまで厳しく向き合う必要もないっていうか。だって、向き合った結果うっかり死んじゃったら意味ないですからねー。まずは安全確保。

病気なら、まずは直してから。治ったら、次のステップへ。これ大事。

だから、きっと今のところのわたしは、まず毎日の地道な生活の積み重ねのほうに集中することが大切なのだなと理解しました。



……というようなことを考え考え歩いていたら、甲州街道の銀杏並木がとても美しいことに気づきました。

もう紅葉し始めてしまっている幹と、まだ青々している幹が混在していてゴッホの絵みたいに綺麗でした。メガネを外すともっと綺麗に見えました。

明日から仕事で、人前で発表みたいなことをします><

何事も経験!ということで、楽しんできます。自分の仕事を。自分の人生を。

金色の車と少年

夜の国道を歩くわたしは、自分の影がまっすぐ前に伸びるのを見つめていた。長い影だった。

夜道なのに影が見えるということは後ろからの月明かりか街灯でもついていたのだろうか。よくわからないがとにかく影はまっすぐ前に伸びていた。

右側車道、白いライトバンがわたしを追い抜いていく。金色のラインが入って、ロゴも金色。ゴシック体のアルファベット。

その車に乗っているのはわたしを楽に目的地へ連れて行ってくれる少年だということを知っていた。一緒に帰ろうとしているのかもしれなかった。

スピードを落として歩道側に寄せてきた車に気づいているのに、わたしは頑なに車の方に視線を上げずに自分の影を見つめ続けていた。足が太いな、などと思いながら。

後部座席に乗った少年がドアを開けて、こちらに合図して乗るように促したときも、わざとゆっくりゆっくり踏みしめるように視線を落とし、自分の影を見ていた。

すると少年の車の周りにはファンのような女性たちがたくさん集まってきて、やむを得ずといった風情で車は走り去り、わたしは、これで良かったのだと安心する。

(これより前のシーン)

少年は本来大切にされるべき存在であり、その本人が不摂生や道を外れるような行為をしないように、マネジメントする存在が必要だと言われる。

場所は階段の途中。一列に階段に座って話しているのだが、二列前の下段に座った偉い人?社長?のような人物の言っている言葉がよく聞き取れない。ともかく、少年は寮のようなところに入るよりもわたしの近所に住みたいという希望だそうだから、面倒を見てやって欲しいと頼まれる。

わたしは社長の顔よりも左側に座り込んだ男が持っている茶色の革バッグをじっと見つめていて、この革は素晴らしく手入れが行き届いているうえに高級だ、などと考えていた。ペンシルストライプのスーツがキザったらしい。が、良く似合っていた。

少年には水泳、跳び箱、などをさせて身体を鍛え、お酒などは絶対に飲ませてはならないという話だった。ならば自分の責任は重大だぞ、と気を引き締めつつも、意識の半分は男の革バッグの持ち手とタックの細工部分を観察することに熱中していた。

触れてはいけない領域

8歳年下の妹と、久しぶりに長電話しました。
妹は2人の子供を育てていて、ときどき思うそうです。この子が羨ましいと。そして、ふとした拍子に感情の爆発が起こってしまうと。

言いたいことわかる気がします。

昨日の会話のなかで、姪っ子のトイレの失敗の話しになったとき、妹はなんでかねぇ〜この子は、と言いながら笑っていて、別に姪を責めるでもなくのんびりした口調で、むしろ優しく見守るような雰囲気が電話越しに伝わってきました。そして向こう側から姪っ子の声が聴こえます。可愛いのです。少し電話を代わりました。話しました。可愛いなぁと思いました。自分は産めなかったけど良かった。もしこの先この子がなにか欲しい物でもあったら買ってあげるし、辛いことでもあるのなら話を聴いたり楽しいところへ連れて行ってあげるのだ、そのためにはまずしっかり働ける自分になるのだ、などと思ったりしました。

そのあと妹に電話を代わったとき、パーッといろんなことを思い出しました。わたし自身、幼少期トイレの失敗をうまく説明できなくてすごく叱られたことを映像が再生されるように思い出して、つらい気持ちになりました。そして、いままさにさっきあなたが話してくれたのと同じように、姪っ子の些細な出来事をきっかけに自分の幼少期を思い出してやりきれない気持ちだよ、しかも、その出来事は自分の中ではすっかり忘れていたんだよと妹に話しました。

彼女は育児をしているこの10年ほどのあいだ、何かの拍子にみじめな自分の幼少時代と息子、娘の現在の幸せそうな姿を比べて、なんでわたしだけ!!と、心が大荒れに荒れてどうしようもない精神状態になったのだそうです。その度にいろいろな人に助けを求めてなんとか乗り切っています。早く結婚したこと、そして、ものすごく年上の、落ち着いたひとと結婚したことが良かったのでしょう。フラッシュバックが起こる度に旦那さんに当たり散らして自分は辛かったとぶちまけて、時には殴り合いの大げんかになったりもしたそうですが、いまは随分と良くなっています。しかも、きょうだいの中で一番しっかりしています。

わたしは、昨日のほんの数分間、姪っ子のエピソードを聴いて姪っ子の声を聴いただけで不安定になってしまいました。これには驚きました。いまだにそんなことを?もう30年以上まえの話じゃん、と思う自分がいます。だけど、それと同時に、姪っ子は怒鳴られることもなく、暖かく見守ってもらえている。しかも、木造の暗いボットン便所ではなくて綺麗なマンションの洋式水洗トイレ。わたしには相談できる兄も姉も母もいなくて、初潮がきたときも誰にも言えなくて困っていた。きっと姪っ子にはこの先そんなことはないのだろう。姪っ子が羨ましい。

こういう思考で頭がいっぱいになりました。

わたしは昔から輪廻転生をなんとなく信じているので、死んでもう一回やり直したいなんて思ったこともあります。だけど、自殺は最悪だと思っているので、できれば死にたくありません。この世に生まれてきたということはなにかしら越えるべき課題みたいなものがあって、それは自分にしかわからないことだと思うようになりました。だから、無かったことにしてフタをするつもりはありません。ただ、触れてはいけない領域を不用意に触ることがどれだけ危険か、それがよくわかりました。

わたしが実家やきょうだいとあまりに近づきすぎるとやはり危険なのです。

正月、お盆、冠婚葬祭、親戚絡みのナンタラカンタラ、子供がらみの行事、みたいなことはあまり深く考えずにサラッとお祝いして、自分の心に正直に。それを鉄則にしようと思いました。治したい傷があるのなら触らないで時間の経過を待つことも大切だということ。そして、治さなきゃ!と傷の部分にばかり注目するのではなくほったらかすのも悪く無い、ということ。これが、今回学んだことでした。

妹が、いつも笑って楽しそうにしているお母さんで居てくれますように。

わたしの愛するミニミニサイズの楓が上手に育ちますように。

失敗しながら学んでいく

失敗しながら学んでいく、というのはたぶんどんなひとでも若い頃から繰り返してきたことだと思うのだけど、わたしは最近デビューしたばかりで、まだ心が弱々です。知識はあるかもしれないけど、知恵として自分の身になっているか、といえばなっていないのだと思います。

でも、身体的な病気が見つかって、その病気とも付き合いつつ、職場にも戻り……みたいな筋道が見えてきて、改めて自分の恵まれっぷりに驚きました。

それと同時に、自分の全か無か思考がまだ健在であることに気づいたりして、毎日いろんなことを発見しています。苦しいけど、まあいまにはじまったことではないので、苦しいこと一個乗り越えるほどに良くなり続けているという確信だけはもっています。

先日、母との電話でお仏壇はきちんとしているのか、お経はあげているのか、布教活動はどの程度しているのか、みたいなことを聞かれた時、昔よりは心が大揺れになることもなく、うまーくぼかして答えることができました。

そして、母の信仰を否定する気持ちも少なくなりました。

自分はなんの信仰も持たない自由があるし、なにか他の信仰をもつ自由もある。そうやって毎日自分に言い聞かせています。

このへんの問題を突くと精神状態が悪化することもよーくわかったので、しばらくは職場復帰して身体を鍛えることなどに集中したいです。宗教の問題でお正月に実家に帰れない!妹と弟に会いたい!となった2014年元旦が次の危機かもしれませんが、それはまだ先のこと。そのとき考えます。

特効薬はない

母が弱っています。精神的に。
そして、20代から典型的な境界性人格障害の症状を派手に表に出しまくったわたしとは違う形で、母も苦しんでいます。

夫によると、わたしと母はそっくりだそうです。全部人のせいにするところ、過去のことばかりグチグチと言うところなど、一緒に居てうんざりすると。もしかしたら父も母に対してそう思っているのかな、と思うのだけど、今の疲れきった母に愚痴るな、とか、人のせいにしないで頑張れ、とか言えません。とてもじゃないけど言えません。

わたしと違って、母はほんとうに我慢してしまうからです。

先日から、9月いっぱいは休むのだ、と思いながらもふっと気が向いた時にいろいろな本を取り寄せ、枕元に置いています。だけど、一冊も目を通していません。河合隼雄ユングだとか、境界性人格障害についての専門書だとか、色川武大の軽い本だとか、動物への愛あふれるジェイムズヘリオット先生の本だとか、いろいろです。海外の絶景や秘境の写真集本なんかも買ったりしました。それから、感情を手放す、というキーワードでピンときたセドナメソッド

全部読んでません。ただ、不安なまま横になっているうちに学生時代に専攻した哲学本の断片や、何かの拍子に読んだ禅やキリスト教なんかのフレーズ、そして、幼い頃からいつも自分と一緒にあった新興宗教の教えがミックスされて頭をグルグルするだけです。

今日は職場に電話をしました。そして、来月からどんな風に勤務するかという話をしました。電話を取って直接話したマネージャーは、とても優しくてびっくりしました。いままで飲み屋やらパブみたいな店で適当にバックレてまた次の店に勤めて……なんてことを繰り返して、そこから15年ぐらいまともに働いたことのないわたしには初めてのことです。

予め用意された未知の方法を使って、簡単に魔法のようにいろんなことが激変する、みたいな幻想やめなきゃって思いました。

セドナメソッドは夫が会社に持って行きました。わたしが頼みました。いまのわたしは読めないけど、あなたが読んで理解したらわたしに教えてと。

それはそれでいいとして、並行して、わたしはとにかく日々の家事、地味な作業、散歩道の草木、そして、社会的な居場所としての仕事。

そういうことを、くだらないとか面倒だとかわたしにはもっとふさわしい場所がある、などと思わずに、ただ、続けることがわたしにとっても一番確実な治療なのかもしれません。